「三国人発言」「神の国発言」の裏にあるもの
今年に入って、政治的に高い地位にある人物による時代錯誤的暴言が相次いでいる。石原都知事は「東京で災害が発生した際に『三国人』が騒じょうをおこす恐れがあるので、自衛隊が治安を守る必要がある」と言い、森首相は「日本が天皇が中心の神の国である」と言った。
この二つの発言はどこをとっても問題だらけなのだ。しかし、特にひどいのは、これらの発言はかつて、虐殺の原動力になった思想である、ということだろう。
東京大震災が起きたとき、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などという流言蜚語が発生し、その結果朝鮮人をはじめとする多くの人が殺 された。石原氏は、あの発言の趣旨は不法滞在の外国人の問題について述べたものだ、と言ったそうだ。どうやら「三国人」という表現がたたかれていると認識しているらしい。しかし、「災害時に不法滞在の外国人が騒じょうをおこすおそれがある」と「理解」しても、この発言の問題性に変わりはない。
かつての大震災においては、朝鮮人と思しき人に「カキクケコ」と言わせ、発音になまりがあったら虐殺 した「自警団」なる集団がいたという。もし今度大震災が発生したら、「自警団」は外国人に登録証を提示させ、もっていない人虐殺 するのだろう。
一方、森首相の「神の国」発言だが、この思想も虐殺の根元となったものである。かつての日本では「天皇陛下は神様で、そのお方が治める国も神国だ」という教育がされていた。その教えのもとで侵略戦争に駆り出された日本人は、相手の国の人はもちろん、自国民の命も軽んじた。その結果、多くの人が命を落としたわけである。なにせ大元帥が神様である以上、どんな事をしてもいいわけである。神様の命令の前では、人の命などそれこそ「鴻毛より軽い」のだ。
さらに言えば「神国思想」に毒されていたからこそ、「今は戦局が不利でもいつか神風が吹くから最後には勝つ」などという考えが蔓延した。そしてそれにより戦争が長引き、これもまた多くの人が死ぬ原因となったわけである。
このように、両氏の発言はかつて多くの死者を出した思想を無反省に引き継いだものである。それだけでも十分問題なのだが、さらに「なぜ、このような発言が今年になって相次いだのか」という事を考えると問題は一層深刻である。
事の発端は石原氏の都知事就任をマスコミが持ち上げた事だろう。かつてバリバリの自民党右派であり、問題発言を繰り返していた氏を、あたかも「改革者」であるかのように持ち上げた。特に「外形標準課税」や「ディーゼル車規制」を打ち出した時の持ち上げ方は並みではなかった。
石原氏になってからの都政が特に良くなったという話はない。鈴木・青島と続いた「臨海開発・福祉切り捨て」路線は相変わらずだ。派手な公約だった「横田基地返還」などはすでに忘れ去られている。
結局、派手な発言や有名俳優が家族にいた事など、政治家の資質以外のところで氏は持ち上げられたわけだ。そして、その流れの中で「三国人発言」が行われた。しかし、マスコミの半分くらいはそれでも石原びいきをやめなかった。やれ「報道の仕方が悪い」「不法滞在の外国人が犯罪をおかしているのは事実だ」などと書き、氏とその発言を擁護した。
森首相の「神の国発言」が出たのも、小渕追悼ム-ドによる高支持率による自信と、「三国人発言」に対してマスコミがさほど厳しくなかったという事も遠因になっているだろう。
右派の政府高官の暴言は常に繰り返されてきた。ある人は公然と人種差別発言をし、別の人は侵略戦争を肯定し、またある人は社会的弱者の切り捨てを主張した。そのたびに反発がおき、発言撤回や閣僚辞任が繰り返された。そして、「暴言」の内容は時を追う毎に過激になってきた。
そのような下地があったからこそ「三国人」や「神の国」発言が生じたわけである。そして、発言者はこれらの発言に対して居直りに近い態度を取っている。
今回の暴言に対してもうやむやのままで幕引きが行われたとしたら、次はさらに時代錯誤的な暴言が生まれるだろう。そうなると、「三国人」「神の国」レベルの発言を行う者もさらに増え、マスコミ・社会もそのような発言を正常なものとして認識するようになる。東京大震災や15年戦争が行われた時代がそうであったように。