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「わたし」はなぜ私なのだろう?
人は自分の意志ではなく偶然に生まれ、また自さつする人以外は好んで氏んでいくわけでもない。たまたま生まれていつか氏んでいく。自分でもわからない。
でもいつのまにか、自分の趣味・考え方・好みなどが出来上がっており「わたし」ができている。
心理学的に言えば、育った環境・親子関係などが影響したというのであろう。しかし哲学的にみたときそれは何を意味するのだろうか?
人はいつか必ず死ぬ。なのに、なぜ人は一生懸命働いたり、勉強したりするのであろうか?いつかはなくなってしまうものなのに。
いや人生に限りがあるからこそ、みな生活を充実させるべく努力をするのであろう。
しかしその行為は単に働いたり、快楽にふけったりすることを意味するのではない。
この世に「わたし」は一人しかいない。自分だけである。それがたまたま生まれ、たまたまできたのであっても、世界中でただ一人しかいないのだ。つまり「わたし」を体現でき、表現できるのは私一人だけなのである。
「生きる」―その行為は自然に「わたし」を表現していることなのである。
人生はいつもきつくつらいものである。でもそれから逃げてばかりいたりしてはいけない。
ましてや自さつなどという自分を放棄するようなことは論外である。自さつについては別途述べたいと思うが、人生は常に、自分を信じて「わたし」をしっかり持って立ち向かっていかなければならない。
生きることの意味、それは常に自分=「わたし」をしっかり持って、体現していくことだと思う。